これは受け売りの話ですが、今でこそ日本人も設計図を作ってから建物を建てますが、日本の江戸屋敷には設計図がないんです。
江戸屋敷では最初に床柱を何にするかを決めます。それによってその家の風格が決定付けられるんです。安いものを使うと、ほかも全部安っぽくなってしまう。床柱の次は隣の引き戸を作ってとやっていって、そういうことが終わってから初めて「部屋の広さどうしようかなあ」となる。つまり、細かいところから入っていって、少しずつ作っていくんです。そして、1部屋できたら、「隣の部屋どうしよう」となる。
ここで大事なこと。まだ、玄関もトイレもお風呂場もないんです。部屋を建て増しで作っていって、ある段階で「玄関やお風呂場をどこにしよう」というやり方で作っているんです。
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つまり、日本の建物の最大の特徴は建て増しだということです。これが外国の人に違和感を与えるんです。整理すると、外国は全体から部分へ行く、日本は部分から全体に行く。これはまったく違う発想なんですよ。
思い出していただきたいのは、『ハウルの動く城』の城をどうやってデザインしたかです。宮崎駿がその絵を描いた時のことはいまだに忘れもしません。「どういう城にしよう」とずっと悩んでいたんです。普通は頭の中に西洋の城の形が浮かびますよね。でも、やっていくうちに、「それ、つまんないな」ということになって、「どうしよう、どうしよう」となったわけです。
そんなある日、彼が僕の目の前で何となく大砲を描いたんです。大砲の筒を描いたら、そのもとはどうなっているかということで、横に家を描いているんですね。そして、家を描いているうちにそこからアンテナみたいなものが出てきて、大砲をもう1つ描いて……といろいろやっているうちにあのデザインができてきたんです。
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フランスの有名な新聞に『ハウルの動く城』の映画評が書かれたのですが、「豊かな想像力、ありえないイマジネーション。現代のピカソ」と書いてあった。向こうではシンメトリーに作って、上から見たらある形になっていないといけない。絵でも一点透視図法などのルールがあります。それをすべて破ってきたのが宮崎駿の歴史なんです。